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くらげ男の日々

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05/11/19:57  ヤマモト君

高校のときのクラスメート、ヤマモト君は2年生のとき2ヶ月間、家出をしていたことがある。
 
家にあった現金300万円を持って。
 
ヤマモト君のウチは綾瀬にあって、広い庭のまわりを黒塀が囲んでいる、まるで高級料亭のような豪邸に住んでいた。
 
お父さんは整形外科医(美容整形ではない)。
 
お母さんは変わっている。
学校の帰りに、ワタシたちクラスメート4人でヤマモト君の部屋に遊びに行ったとき、
お母さんは部屋に入ってくるなり、
「マナブちゃーん、おかえり~!」
と、ヤマモト君に抱きついてなかなか離れない。
そのあとも、ベットに寝転びながら、私たちと話をしていた。
 
「ねえ、マナブちゃん、みんなにアレをお出ししてさしあげたら?」
 
アレとは中国タバコのこと。
当時、ヤマモト君はアグネス・チャンのオッカケをしていて、よくひとりで香港に行っては、アグネス・チャングッズを買い集めていた。
そしてそのついでに、中国のいろいろな種類のタバコを買って帰っていたのだった。
 
それからは、“これは漢方の薬が入っているヤツ”とか、“これは中国でも珍しいモノ”だとか、お母さんの説明を受けながら、いろいろな中国タバコをみんなで吸い比べながら過ごした。
 
 
都内にある中高一貫の私立に通っていたが、そこは、
―ウチの学校には校則がない―
そんなふうに思えるほど自由というか、放任主義の学校だった。
 
だからヤマモト君が家出して2週間たったころ、担任の先生が、
「誰かヤマモトが今どこにいるか知らないか?」
とHRの時間にみんなに聞くまで、ヤマモト君が家出しているなんて誰も気づいていなかった。
 
だって、1週間ぐらい学校休むことはヤマモト君でなくったって珍しくなかったし、
ワタシも代返をたのんでは学校にあんまりかよっていなかったから。
 
結局、ヤマモト君は2ヵ月後、何事もなかったかのように学校に出てきた。
 
「なにしてたの?」
「都内の一流ホテルを泊まり歩きながら、王侯貴族のような暮らしをしてた」
「オカネは?」
「全部使い切ったから家に戻った」
「怒られた?」
「まあね」
 
ヤマモト君はブリティッシュ・ロックのファンでもあって、髪を肩まで伸ばし、いつも薄化粧をして学校にきていた。
ローリー寺西に背格好が似ている。
かばんの代わりにギターケース。
たまにロンドンブーツを履いてくる。
 
もちろん、そんな格好で学校にきても問題にはならない。
生徒会長だって、ひげをはやし、いつも下駄にマント姿できていたのだから。
 
高3の冬休みが終わると、ヤマモト君は突然丸刈り姿で私たちのまえにあらわれた。
 
「どうしたの?」
「現役で医学部に合格したら、庭にスタジオ建ててくれるって親と約束したんだ」
ヤマモト君はいう。
「丸刈りのほうが面接のとき、印象がいいだろ?」
 
ヤマモト君は現役で医学部に合格した。

約束どおり、スタジオを建ててくれたかどうかは知らない。
今は、綾瀬でお父さんのあとを継いでいるのだろうか?
 
“子供がいたら”・・と想像してみる。
“もしヤマモト君に今17歳くらいの息子がいたら”
 
お父さんが自分くらいのとき、どんな高校生だったのかを知ったらどう思うだろう?
 
そして
あのお母さんは、どんなおばあちゃんになっているんだろう?
 
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無題

スタジオが彼の人参だったのですね。
誰でもがんばれます。
そして今立派な町医者の先生になっているのでしょうか。

  • 2008年05月13日火
  • 曙町育ち
  • 編集

さあ、

>曙町育ちさん、
どうなんでしょうか?
医学部は入ってからがたいへんだし、外科系統は何度も人に言えないような修羅場をくぐらねば一人前にはなれないと聞いていますし・・。

それにしても医者の家って、自由放任主義的にしているところが多いような気がします。

  • 2008年05月13日火
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  • くらげ男
  • 編集
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