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くらげ男の日々

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11/15/23:13  夢の話⑦

私と父とは同じ敷地内の別棟で暮らしていた。

父が首を吊った日、私はそんなことが起こっているとはまったく知らず、自分の部屋で眠っていて、こんな夢を見た。

父は日本間で鴨居に和服の帯をかけ、台にのって今にも首を帯によってできた輪の中に入れようとしている。私はその脇に立って、その光景を見ている。

私 「お父さん、人は死ぬとどうなるか知っていますか?」

父 「どうなるんだい?」

私 「人は死んだら腐るだけです。それだけです、死んだら腐るだけですよ、それでいいんなら自由にしてください」

ここで夢は終わる、次の日、夢と同じ場所、同じように帯を使って父はぶら下がっていた。

母は、最後にホスピス病棟がある病院に入院した。そのとき私ははじめてその病院に行ったのだが、その病院を見て、その病院が以前夢を書き留めたものの中に出ていたことに気がついた。

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10/13/22:35  夢の話⑥

母が亡くなってから父と私の二人で暮らしていた。もっとも、私は、同じ敷地内の別棟に住んでいたのだが。

父は根っからの理科系の人で、死後の世界だの、宗教だのは一切信じてなかった。しかし、母が入院してから、時々私の夢の中に出てきた母の話は喜んで聞いていた。

小学校4年のとき、祖母が夢の中に出てきて、「おじいさんのところへつれてってほしい」と言ったので手を引いて、いすに座っている白いひげを長く伸ばした老人のもとへ連れてくと老人は「ありがとう」と言って、私の頭をなでるのだった。そういう夢を見たと家族に言うと、「何言ってんだ、おばあさんは100まで生きるといわれてるくらい元気なんだから」と笑われたが、その1週間後実際に急死した。田舎に葬儀へ参加するために行ったが、壁に掲げられた何枚かの写真のうち、夢に出てきた老人がいたので、尋ねると、その人は私が生まれるずっと前に亡くなったおじいさんだった。そんなことがあったことが父が私に夢を喜んで聞くことに関係したのかもしれない。

母が亡くなって3ヶ月がたったとき、私の夢に、母の死後初めて母が出てきた。こんな夢。

大きな温室にいる。外は嵐。風がすごく強く、とうとう温室のあちらかちらに穴が開いてしまい、温室の中に風が吹き込んでくる。

温室の中には4本の椰子の木があり、風によって大きく揺れている。ついに一番大きな椰子が私に倒れ掛かってくる。私は「もうだめだあ」と叫ぶが、そのとき姿は見えないが母の声だけが、エコーがかかった声で、「大丈夫、だいじょうぶだからね」といったのが聞こえる。

父は、どんな夢であろうと、母が出てきたのがうれしかったらしく、「そうか、そうか」と微笑んでいた。

1年後、父はうつ病から、首をつって自殺した。葬儀など、ごたごたが少し落ち着いた後、ふと、この夢のことを思い出した。

うちはもともと、母、父、それに3人兄弟の子供の家族で、家事など細々としたことは、すべて母がまかなっていた。つまりうちは母で家族が持っていたような状態だった。母が亡くなり、家族がばらばらになったが、それが夢での温室が嵐によって、壊されるということに表されているのではないだろうか。そして残った男4人が椰子の木に象徴され、一番大きな木が父で、それが倒れるというのが父の死を暗示しているのだと思う。

父は、自分の死を予告された夢を喜んで聞いていたことになる。もちろんその時、私もその夢の意味などは分からなかった。

父が首を吊ったちょうどその晩、別棟で寝ていて、そんなことが起こっているとは知らなかった私の夢に父が出てきて、首をつろうとしいる夢を見る。

10/07/21:44  夢の話⑤

直径2メートルぐらいのチューブのような中に私がいる。チューブは45度くらいの角度で、足のほうを下に傾斜している。下のほうは真っ暗だ。気づくと母親が、私の足に必死の形相でしがみついている。手を放すとチューブの下の方へ、どこまでも滑り落ちてしまうのだ。必死で足にしがみついて、滑り落ちないように必死となっている母を私は見ている。

夢に母親が出ることなど今まで無かったので、不思議に思っていると、その朝、母が青い顔をして私のところにやってきて、出血がとまらないのでこれから病院に行ってくるという。子宮体癌だった。不正出血があるまで、顔色が悪かったり、体調が悪いなどとかなど一切無かったのに。

母は手術した後2年後、転移して、亡くなった。その3ヵ月後母が再び夢に出てきて、父の死を予告する夢を見ることになる。

09/30/21:31  夢の話④

気づくと、海に仰向けになってぷかぷかと浮かんでいる。浅瀬のようだ。チャプチャプと波のざわめきが、風呂場にいるようにエコーがかかって聞こえる。空はうす曇、まるで上演が終わったプラネタリウムの天井のようだ。

不意に隣に誰かがいるのがわかる。体はまったく動かせないので、誰なのか確かめられない。二人で、生暖かい静かな海に浮いている。

次の瞬間、私は、海に流れこむ川の高い土手に座って、海を見ている。すると、海から川へ何者かが流れている。その人間は川へ入り、さらに川の上流に流されている。誰なのかじっと見つめると、その人間が自分自身であることに気づく

土手に座っている私は、川の上流へと流れていくもう一人の自分を見送る。

 

こんな夢だった。起きてからこの夢について考えてみると、どうも子宮のなかに浮いていたイメージに思える。そうとすると、普通とは逆に、海から川へ流されていく自分は出産のイメージだろうか?

青年期から、中年期へとの人生のひとつの変わり目に青年期の自分の死と中年期の自分の生を象徴していた夢だったのではと解釈した。

一年にわたって夢を記録したが、この夢を見た後は、とくに理由なくこれでひとつ終わったなという実感がした。この時の一年は、現実の世界と夢の世界との二つの世界を同時に生きているようだった。

この3年後母が体調の変化に気づく前日、私の夢に母が出てきたのだった。